※事業部・肩書などは公開当時のものです
日本政府は、2050年までに脱炭素社会の実現を目指す「カーボンニュートラル」に対する取組を加速させるなど、国内を問わず全世界的に「脱炭素化」の動きが広がっています。
なかでも、環境省がまとめる地域脱炭素ロードマップでは、キーメッセージとして「~地方からはじまる、次の時代への移行戦略~ 」とされており、脱炭素化の主役は地域であるとも言えます。2050年までに二酸化炭素の実質排出量ゼロを目指す「ゼロカーボンシティ宣言」を行う自治体の数は、9月30日時点で464自治体に上ります。鹿児島県北西部に位置する阿久根市もその一つです。
トラストバンクは9月2日、阿久根市と「地域内再生可能エネルギー活用モデル構築事業に関する包括連携協定」を結びました。今後この協定により、「地域の脱炭素化」と再生可能エネルギー活用の推進▽エネルギーを活用する公共施設の設備制御▽非常時の電力確保による防災力向上を目指していくこととしています。
また、同日にはオンライン記者会見を開催しました。記者会見には阿久根市の西平良将市長、トラストバンク代表取締役の川村憲一、同社エネルギー事業部長兼トラストバンク阿久根職務執行者の前田功輔が登壇し、合同会社「トラストバンク阿久根」の設立を発表しました。
・「持続可能な自立型循環社会」への第一歩
・「エネルギーの地産地消」を叶える再エネ事業モデル
・インタビュー:エネルギー事業部長兼トラストバンク阿久根 職務執行者・前田功輔さん
―阿久根市の圧倒的な主体性
―「先回りして手を打て」に活きたノウハウ
―エネルギーを通して考える「持続可能性のあり方」
記者会見では、西平市長からコメントと意気込みが伺えました。
「阿久根市は、2019年に策定した『阿久根市まちづくりビジョン』で『快適・安全で潤いとやすらぎのあるまち』を基本目標の一つに掲げています。再生可能エネルギーを積極的に導入し、地域資源を最大限に活用した持続可能な自立循環型社会の構築を目指してきました。
2015年の台風15号、昨年7月の大雨など、近年大規模な災害が多発していることもあり、阿久根市は今回の連携で、再生可能エネルギーの活用推進と防災対策の充実を図りたいと考えています。」
「国は2050年までに温室効果ガスの排出を全体でゼロにする『脱炭素社会』の実現を目指しています。公共施設への太陽光パネルの設置など再生可能エネルギーの導入が加速していくでしょう。
その第一歩として、再エネの活用推進と防災力の向上に取り組みます。この取り組みは、持続可能な自立型循環社会構築への重要な一歩になると考えます。地方創生の取り組みをさらに進化させるため、公共施設への再エネ設備の導入や公用車のEV化などを行い、2050年までにCo2の排出を実質ゼロにすることを目指します」
阿久根市とトラストバンクがどのようにエネルギーの地産地消を目指すのか。両者が新事業に込めた想いや事業モデル、そして、新たに「トラストバンク阿久根」の職務執行者に就任した前田にもその取組を聞きました。
トラストバンクの地域エネルギー事業は、▽地域発電事業▽地域エネルギーマネジメント事業▽プラットフォーム事業の3つに分かれます。エネルギー費の域外流出を防ぎ、地域が経済的に自立できる持続可能な状態にすることをビジョンとして、各事業に力を入れてきました。
昨年には、住宅用太陽光の「卒FIT電力」を地域に寄付できるプラットフォーム「ふるさとエネルギーチョイス えねちょ」が新エネ大賞の「資源エネルギー庁長官賞」を受賞しています。
今回の阿久根市における事業は、トラストバンクとしても初となる、地域発電事業と、地域エネルギーマネジメント事業にまたがる事業として展開します。
まず、トラストバンク阿久根が太陽光発電設備、自営線等を構築し「地域マイクログリッド網」として、地域内で再生可能エネルギーを創り出し、地域内に電力を届けます。
具体的には、阿久根市役所と番所丘公園(二期目工事以降)に太陽光パネルを、阿久根市民間交流センターである風テラスあくねには蓄電池を設置し、これらの施設を含む地域内の対象施設6か所を自営線で接続します。
発電した電力は阿久根市が購入し、自家消費することによって、電力の地産地消を実現するとともに、万が一系統からの電力が供給されない事態になっても、この自営線内であれば電力を使うことができる、いわゆるレジリエンスな仕組みです。
この仕組みでは、地域内で発電された電力を地域内の需要家が消費することができます。よって、従来は外部から電気を買うことで域外に流出していた「電気料金」も、域内循環させることができます。これが一つの効果です。
大規模な災害で停電が起きた場合も、太陽光発電設備と蓄電池、対象施設が自営線網でつながることで、継続的に電気を利用できるわけです。阿久根市役所では、系統電力の寸断があった場合でも、連続20時間は蓄電池により稼働が見込まれています。
事業の主なポイントは2つです。
1つ目は、新たな山林等を切り開くことなくこの事業が実現できる点です。
今回は、事業用地を市役所屋上や駐車場に新たな屋根を設置するなど、空中空間や未利用の遊休地を活用しています。これらに太陽光発電を設置することで、自然を残しながら、温室効果ガスの削減と防災対策、電気代の削減を実現できます。
事業による年間の二酸化炭素削減量は、1,318トンになるとされています。自営線内の二酸化炭素排出量を80%削減できる見込みです。
2つ目は、なんといっても本事業にかかる初期費用をトラストバンク阿久根が負担することで自治体の負担ゼロ、つまり行政コストゼロで事業を推進できる点です。通常、エネルギー事業は莫大な初期費用がかかりますが、トラストバンク阿久根による第三者所有とすることで、自治体をコスト面でも支援します。
一方、トラストバンクのビジョンは「自立した持続可能な地域をつくる」こと。
トラストバンク阿久根への出資比率は段階的に下げることで、トラストバンク阿久根が築いた再生可能エネルギーシステムを、ゆくゆく地域全体で運用していく、地域エネルギー循環の仕組みづくりを目指します。
今回の阿久根市との連携では、トラストバンクの地域エネルギー事業におけるこれまでの活動経験を全てをつぎ込む、まさに総力を挙げた連携です。
トラストバンク阿久根はそこから得られる対価やノウハウをさらに地域へ還元していきます。まさに『地域内循環の起爆剤』になり得ると感じています。
トラストバンクのエネルギー事業部長、トラストバンク阿久根の職務執行者である前田に、今回の背景や、エネルギー事業に対する想いをインタビューしました。
ーー今回、阿久根市さんとはどのような流れで連携することになったのでしょうか
トラストバンクのエネルギー事業は、地域を持続可能な状態にするため「エネルギーの地産地消」を大きなテーマとしています。
しかし地域エネルギー事業は、我々のような民間企業が単独で実現するものではなく、本来はその地域の主体者である地方自治体(地域住民)のコミットメントがとても重要である、と考えています。
阿久根市さんと本件を初めてお話した際、再生可能エネルギーによる脱炭素といった観点だけでなく、地域の防災に対する想い・コミットメントが強く、自治体として現状に対する危機感が非常に高かった。加えて地域経済循環の推進にも理解が大変に高い地域であると強く感じました。
どうしても少ないリソースで事業を行うなか、我々としても事業へのコミットメントが高い自治体さんと取り組みたいと常に考えていました。その結果、阿久根市さんとは想いがつながり、手を取り合った連携を実現できたと考えています。
ーー阿久根市さんと実際に関わってみて、どんな印象を抱きましたか
自治体の職員さんは、地域住民でもあるので、地域の主体者(受益者)でもあるわけですよね。ただどうしてもご自身の担当外業務となると、そもそも担務が多忙すぎたり、部署外のことにまで気が回りづらい状況があると感じています。
ただ、阿久根市の職員さんとお話をさせていただいた時、まちに関連することの全てを自分事として捉える主体性に加えて、意思決定のスピードも爆速だと感じました。「圧倒的主体性」ですね。本当に「地域のため」を100%考えぬかれているなと思いました。
ーー会見では「総力をあげた連携」と話していましたが、今回、最も力を入れたことを教えてください
正直、力を入れなければならないのはこれからです。今は企画が完成し、つい先日環境省への補助事業の申請が採択されたばかりです。エネルギー事業は「ものを作る」ところから始まるので、今後は力を入れるべきポイントが変わってきます。
電気には作る・売る・使うという3つのポイントがあります。今回の取り組みでは、その全てに関与します。もちろんエネルギーマネジメントも行います。蓄電池を使って電気を溜め、利用できるようにする。場合によっては、地産地消を確立させてから地産外商もあるかもしれません。
まさに、これまでトラストバンクの地域エネルギー事業が経験してきたすべてを投じてあたらないと、簡単には実現できない事業です。
ーー阿久根市と事業を進める中で、一番大変だったことはなんでしたか
モデル、あるいはモノを作る事業過程において、想定外はどうしても起こります。
今回は総事業期間3年のうち第1期の工事をまず詰めていきますが、正直ここまで長期間の工程表などを私自身が直接見た経験はありませんでした。当然、事業部内外のスペシャリスト、地元の工務店さん、ありとあらゆる仲間と連携することがとても重要です。まず、こうした未経験の仕事をするのは自分にとって勉強になる、ストレッチな部分でした。
私はどちらかというと「大変」を楽しんでしまうタイプなのですが(笑)、それでも最も大変だと感じているのは各ステークホルダーとの調整です。先ほど、電気には3つのポイントがあるとお話しましたが、当然それぞれに当事者が存在します。電気を作る人、売る人、そして使う人。我々と阿久根市さん以外にも、地域のみなさんへ多くのポイントに関わっていただきたいと考えています。そうした事前の調整は、得てして大変になりがちです。
地域エネルギー事業はとくにステークホルダーとの関わりが多い事業です。ただ携わっていただく方々にはみんなハッピーになってもらいたい、そうした想いで調整を続けています。
ーーこれまでのエネルギー事業の経験が活きたと感じることはありますか
自治体さんが考えそうなことは、なるべく先回りして提案しました。
たとえば庁内はもとより、市議会への説明、電気代などの予算化工程などです。この事業に限ったことではありませんが、自治体さんが関与する事業の説明範囲は、想像以上に広いものです。場合によっては県、国への説明も必要かもしれません。自治体職員さんでも意外と気付きにくいところを指摘できるよう、先回りして手を打ちました。
また本事業は環境省の補助事業に採択いただいているので、環境省への説明内容や協議事項なども考える必要があります。こうした工夫はトラストバンクのノウハウが蓄積されてきている証だと感じます。
ーー太陽光発電は地域の山林を切り開いて行われる場合もあり、賛否両論が上がっています
日本は森林王国なので、山や森が大変多く、自然豊かですよね。これは活用方法次第なんだと考えています。
例えばよくある誤解ですが、人の手が入らない、放置されて成長のとまった森林はCO2を吸収しないと言われているだけでなく、保水力の低下などにより防災面でも大変危険です。人の手を入れて、木を切り出し、また植林することではじめて森と人は生きることができるんですよね。新たに木を切ること自体が悪いことでは無いわけです。個人的には、管理者のいない、放置されてしまう森林が増えることのほうが、危機感を感じます。
とはいえ、特に太陽光発電などでは、開発事業者と地域の方々とが対立構造にあるケースをたまに耳にします。古くからある地元の森を「残したい」と思う地域の人々と、開発事業者の「経済性・事業性」が対立してしまうような、無理な開発は当然すべきではありません。
じゃあどこでやればいいのか、実は地域の山林以外にも使われていない場所はたくさんあります。たとえば道路。最近では道路に敷ける太陽光パネルが開発されています。全ての市町村道にパネルを敷き詰められれば、相当な発電量を引き出せるのではないでしょうか。
一例でしかありませんが、まずは未利用地や遊休地の活用が優先ではないかと思います。
ーー「トラストバンク阿久根」の職務執行者として今後の意気込みをお聞かせください
「エネルギーの地産地消はなぜ重要なのか」とよく聞かれることがあります。個人として考えた時、電気やCO2の削減は早急に解決すべき課題になりづらいのかもしれません。例えば自治体の職員さんであっても、エネルギーの地産地消や脱炭素が政策として位置付けられていなかったりすると、後回しになってしまうかもしれません。そこで、自分なりの解決策を考えながら何が自治体さんに響くかを常に考えて進めています。
例えば、いま考えているのは、脱炭素に絡めたカーボンプライシング、いわゆる炭素税です。企業などの二酸化炭素排出量に伴い課税する仕組みですが、これが全国的に導入されれば上場企業の2割が赤字転落するような試算もあるようです。
例えば私の好きな街、長崎県平戸市には全部で300の事業者さんがいます。海水魚の陸上養殖を行う事業者さんは、ポンプを回すことで電気を多く消費します。仮にこうした企業さんまで炭素税が導入されるとどうなるでしょうか。仮定でしかありませんが、計算上おそらく赤字になるでしょう。そうなれば当然事業の存続は難しくなるかもしれません。
ここで重要なのは、カーボンプライシングの適用範囲を議論したいわけではなく、地域内でどうしたら脱炭素できるのか、なわけです。特に自治体としては、地域内の事業が立ち行かなくなるのは当然に大きなダメージです。新たに誘致するような事業者さんだけでなく、いまいる事業者さんたちにも、地域で事業を続けてもらうため、自治体として何ができるのか、が重要でよね。
こうした話からもわかるとおり、自治体さんだけでなく、私達一人ひとりがもっと危機感を持たなければなりません。ですからそれぞれの地域住民である私たち自身にも、エネルギーの地産地消や、地域脱炭素の重要さを引き続き伝えていきたいです。それが地域そのものの持続可能性のあり方を考えるきっかけになると信じています。